防災まち歩き川崎区多摩区

川崎の過去の災害を、
歩いて学ぶ。

関東大震災(1923年)で川崎の工場は43名の殉職者を出し、多摩川水害(1974年)では対岸の堤防が決壊して家屋19棟が流されました。まちに残る自然災害伝承碑をたずね、いまの浸水想定・1970年代の空中写真と重ねて、この土地で起きたことを歩いて学ぶマップです。神奈川・東京の伝承碑157基(箱根・小田原・厚木・都心の震災碑など)も収録しています。

かわさき災害の記憶マップの画面。川崎市と多摩川対岸の地図に伝承碑のピンと歩いて学ぶコースの線が表示されている マップを開く(無料)

アプリのインストールは不要。スマホ・パソコンのブラウザでそのまま使えます(別ウィンドウで開きます)。

このマップでできること

使い方は3ステップ

  1. コースを選ぶ — 「河口コース(川崎区〜羽田)」か「中流コース(多摩区宿河原〜狛江)」をタップ
  2. 碑をタップして読む — そこで何が起きたか、碑に刻まれた伝承がそのまま読めます
  3. むかしと今を重ねる — 浸水想定・1970年代の空中写真・標高を切り替えて、いまの備えにつなげる

たずねる伝承碑(5基)

碑名場所伝える災害建立
殉職者之碑川崎市川崎区渡田(成就院)関東大震災(1923年)1923年
大震災殃死者供養塔大田区本羽田(長照寺)関東大震災(1923年)1924年
大震災殃死者無縁塔大田区本羽田(長照寺)関東大震災(1923年)1924年
五十間鼻無縁仏堂大田区羽田(多摩川河口)多摩川の水難・関東大震災・空襲不明
多摩川決壊の碑狛江市猪方(多摩水道橋近く)多摩川水害(1974年)1999年

国土地理院「自然災害伝承碑」2026年6月25日版より。川崎市内の掲載は現在1基のため、歩いて渡れる多摩川対岸(大師橋・多摩水道橋の先)の碑をコースの主役にしています。このほか神奈川県内の全101基・東京都内の全56基(地震の碑が約6割。ほか土砂災害・洪水・高潮・津波など)をマップに収録しています。

2つの災害を知る

関東大震災(1923年9月1日)と川崎

川崎区渡田の成就院にある「殉職者之碑」には、日本鋼管株式会社が従業員43名の殉職者を出したことが刻まれています。多摩川対岸の羽田では、海岸に遺体が連日漂着したことを伝える供養塔が長照寺に残ります。工業地帯と川・海のまちが受けた被害の記憶です。

多摩川水害(1974年8月31日〜9月3日)

台風16号による増水で、川崎市多摩区側にある二ヶ領宿河原堰の取付部護岸が壊れ、対岸(狛江側)の堤防が決壊、家屋19棟が流失しました。狛江市の「多摩川決壊の碑」に経緯が刻まれています。マップの「1974〜78年の空中写真」で当時のまちなみが見られます。

よくある質問

自然災害伝承碑とはなんですか?

過去の自然災害の様子や教訓を伝えるために建てられた石碑・モニュメントです。国土地理院が2019年から地図記号をつくって全国の登録を公開しています。このマップはその公開データ(2026年6月25日版)を使っています。

川崎市内には1基しかないのですか?

国土地理院に登録されている碑は、現在のデータでは川崎市内に1基です。登録は市区町村からの申請制のため、まだ登録されていない碑が地域に残っている可能性があります。「近所にこんな碑がある」という情報をお持ちの方は、ぜひ市や国土地理院へ。

コースの線は道案内ですか?

いいえ、碑の位置関係を示す概略の線で、距離・時間も直線ベースの目安です。実際の道順・信号・河川敷の通行可否は現地でご確認ください。多摩川は大師橋・多摩水道橋などの橋で渡ります。

碑を見学するときの注意はありますか?

碑の多くは寺院の境内や住宅地の中にあります。お参りの方の妨げにならないよう静かに見学し、敷地のルールに従ってください。

あわせて読む(コラム)

→ コラム一覧(データで読む川崎)

出典と注意

出典: 国土地理院 自然災害伝承碑(2026年6月25日版・碑の伝承内容は原文のまま掲載)/国土地理院 年代別空中写真・色別標高図/ハザードマップポータルサイト(浸水想定区域)。
注意: 本マップは川崎市の公式情報ではありません。現在の防災・避難の判断は川崎市の防災情報に従ってください。コースの距離・徒歩時間は直線距離ベースの目安です。

更新履歴

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